大学時代の友人に、飲みに誘われた。
実は同じ会社で働いている。
ケンという。
彼とは、もう10年近く、友達づきあいをしていた。
友達と言うよりももう少し近い関係。
でも恋人になったことは一度もなかった。
その微妙な関係に、お互い心地よさを感じているのも事実。
まりあの様子がおかしいことに、ケンは気付いていた。
だから、きっとさりげなく誘ってくれたのだろう。
その優しさがうれしかった。
「なんかあった?」
ケンがさらっと尋ねた。
気負った風もなく、相談に乗ってやるという雰囲気でもなく、
挨拶するように軽く、尋ねられた。
「ん。。。。ちょっとね。。。」
曖昧に言葉を濁した。
ケンとは、日頃からかなり深い会話をしている。
だから、言葉を濁すなんてことは珍しく、それだけでこれ以上聞いて欲しくないと思っている気持ちを伝えることが出来た。
「ま、いいけどな。」
ケンもそれ以上は聞かなかった。
「最近さぁ、いろいろ考えるんだよなぁ。」
ケンは自分のことを話し始めた。
妻のこと、子供のこと、将来のこと。
まりあはただ、うん、とか、そう、とか、相づちだけを打っていた。
飲むペースが少し速くなった。
今夜も酔うほどに飲んで、何も考えずに眠りたかった。
「お前さぁ、ちょっとピッチが速いぞ。」
ケンがまりあのグラスを取り上げた。
まだ30分くらいしか経っていないのに、もう3杯目を空けようとしていた。
「いいのよ。」
まりあはグラスを取り戻そうとした。
身体がぐらりと揺れた。
相当酔ったみたいだった。でも、頭の中は冴えていた。
「ほら、危ない。」
ケンが子供をあやすように、まりあをしかった。
「もう、帰る。」
まりあは立ち上がった。
足下がふらついた。
「ダメだって。」
ドキリとした。
ケンは、まりあから携帯を取り上げた。
そして電源を切ると、自分の上着のポケットに仕舞った。
「お前を一人になんかしない。」
そしてまりあをホテルへと連れて行った。
不思議と嫌悪感はなかった。
そうなってもいいと、心のどこかで思っていたのかもしれなかった。
連れて行かれたのは、普通のビジネスホテルだった。
「こんなところに誘うなんて、色気のない。」
まりあは少し笑った。
声を出して笑うと、少し元気が出てくる気がした。
「ば~か、色気なんかいるか。」
ケンも笑った。
「お前、風呂に入れ。」
ケンはそう言うと、バスタブにお湯を張ってくれた。
水音が心地よかった。
テレビをつけると、古い洋画をやっていた。
セピア色に近い色あせた画面が、なんだか滑稽だった。
「まりあ、風呂、入れ。」
ケンが言った。
「入れてくれなきゃ、イヤよ。」
まりあは答えた。
「ばか、一人で入ってこいよ。」
そしてまりあを浴室へ押し込めた。
まりあは、服を脱ぎ、浴槽へ足をつけた。
少し熱いお湯が肌に沁みた。
身体中が、ぬくもりに包まれていった。
ケンの優しさが今更ながら、伝わった。
自然と涙が溢れてきた。
あの人に別れようと言われてから、初めて流す涙だった。。。。
泣きたかったんだ。。。。
そう思った。
涙は次々に溢れてきた。
止まらなかった。
でも誰もいないんだもの、いくらだって泣いていいんだ。。。。
まりあは声を抑えずに泣いた。
ひとしきり泣くと、心が軽くなった。
髪を洗い、身体を洗って、バスローブを身にまとい、ケンの前に立った。
「じゃ、俺、風呂入ってくる。」
ケンが笑って、浴室へと消えた。
まりあは、ベッドに潜り込んだ。
目を閉じると、ケンがシャワーを使う音が聞こえてきた。
水音はいつでも心地よい。
うとうとしかけたのかもしれなかった。
あるいは眠ってしまったのかも。
ベッドがグラリと揺れて、目を開けた。
ケンがそっとベッドに潜り込んできた。
「あ、起こしたか、ごめん。」
「いいよ。」
重い瞼をこじ開けるようにして、ケンに笑いかけた。
「元気、出てきたな。」
ケンも笑った。
ケンは、バスローブは着ていなかった。
Tシャツにトランクスを穿いていた。
「まりあを抱かないの?」
きっとそんな気はないんだろうなと感じながら、尋ねた。
「イヤ、抱いてやるよ。」
ケンは笑って、まりあを抱き寄せた。
「俺は、ずっとお前の味方だ。」
そして優しく髪を撫でてくれた。
まりあはまた、涙が溢れてきた。
うれしかった。
ケンが友達でいてくれることが、うれしかった。
一晩中、ケンはまりあを腕の中に抱いていてくれた。
キスもしなかった。
何もなかった。
ただ、抱きしめていただけだった。