2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なにをいちばん、愛しているかは失ったときにわかる


 俺はお前のいない部屋で一人きり、ナイター中継を見ながら缶ビールを飲んでいた。ふと気づくと、テレビの横にあったはずのお前が読みかけだった雑誌がなくなっている。そして部屋中を見回すと、あちこちにあったお前の欠片が一つ残らず消えていた。言いようのない不安にふいに取りつかれて、俺はどこかにお前の気配が残っていないか、探し始めた。だけど・・・。


 お前は見事に俺の前から消えてしまった。洗面台に並んでいた歯ブラシも、浴室にあったシャンプーも、キッチンのマグカップでさえ、もとからそこには俺のモノしかなかったかのように、すました様子で・・・。
 本当にお前はいなくなってしまったのだと、俺は深く傷付いた。仕方がない。それがお前の決めたことならば、俺はそれを受けいれるしかないのだ。

 俺は再び、ナイター中継に意識を戻した。でも集中できない。昨夜のお前の言葉が蘇る。
「ねえ、そろそろ、きちんとしない?」
「何を・・・?」
そんなこと聞かなくても解っていた。でも、敢えて尋ねたのは、俺はその話題に触れたくなかったから。案の定、お前は、一瞬押し黙り、そして「いいのよ。」と言った。俺ももう、それ以上は何も言わなかった。二人の間に、気まずい時間が流れた。これまでにも何度かくり返された会話。その度毎にこの気まずさを越え、俺たちは、やって来た。だからこの時も、俺はこれまで同様、明日になれば、何事もなかったかのように、元通りの生活に戻るはずだと信じていた。

 朝、目覚めると、お前の姿はなかった。その代わり、テーブルの上に、一枚の紙切れが置いてあった。
「先に出掛けます」
俺は、一人で身支度を調えると、仕事に出掛けた。何もまだ気づいていなかった。お前の気持ちにさえも・・・。
 いつも通りに仕事を終え、俺はいつものようにお前にメールを入れる。だけど返事は来なかった。仕事が忙しいのだろうと気にも留めず、俺は家に戻った。

 部屋は暗く、冷え冷えとしていた。そう言えば、お前のいない部屋は初めてだった。俺は灯りをつけた。そして理解したのだった。お前がこの部屋から消えてしまったことを・・・。
 この部屋で暮らしはじめた時、「お揃いなのよ」とお前が買ってきたスリッパが消えていた。床は冷たく、しんと静まりかえっている。
 荷物を置いて、スーツを脱いだ。スウェットの上下に着替え、キッチンで冷蔵庫を開けた。缶ビールを取り出し、テレビをつけた。ナイター中継が始まっていた。俺は座ってビールを飲んだ。苦かった。テレビの声がとても遠くで響いていた。

 お前が望んだモノを与えてやれなかった俺には、何も言う資格はない。お前を引き止める権利もない。解っていて、何もしてやれなかった。今、俺は、まったく空虚だった。ひたひたとお前を失ってしまった悲しみが俺を満たしはじめた。
 俺は涙を流していた。悲しかった。失って初めて、俺はお前を愛していたことを知った。今さら気づいてももう遅いことも知った。
 そんな俺をあざ笑うかのように、テーブルの下でお前が落としていったに違いないダイアのピアスが光っていた。
p5094m.jpg


 ピアスをそっとつまみ上げ、「愛している」と呟いた。俺の言葉はお前にはもう届かない。




コメントの投稿

非公開コメント

失って気づく物ですね。
心が締め付けられる文章でした。
私は後悔をしたくない。
今を全霊で生きていたいのです。
プロフィール

まりあ

  • Author:まりあ
  • 普段はごく普通のOLですが、
    夜はエロ小説家気取りのまりあです。
    なかなか更新できないのですが、
    楽しんで書いていこうと思います。

    皆さんのコメントやメールが励みになります。
    お話の感想やリクエストなど、
    お言葉を残してくださいね♪
カレンダー
04 | 2024/05 | 06
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
カテゴリー
リンク
月別アーカイブ
最近の記事+コメント
カウンター
最近のトラックバック
ブログ内検索
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる